作りたい作品を作ったら君はどうなるのですか? 


作りたい、作ってみたい作品がみんなにありますよね。
では、作った作品を作ったら世の中はどうなるのでしょうか。

世の中とは?

世の中のことを「世間」といいますよね。
あなたも、その「世間」の一部だと思います。
これまでに色んなアニメやゲーム映画を見てきたことでしょう。
その中で「好き」なアニメ、ゲーム、映画が出てきたはずです。
反対に、「嫌い」なアニメ、ゲーム、映画も出てきたはずです。
あなたは、「好き」「嫌い」と制作物を世間の一部として「評価」していました。

制作者は、「世間」に向けて作品を作っています。
では、「世間」はどのように判断をしますか?
それは、あなたと一緒で、なんか「好き」や、なんか「嫌い」といって、
大勢の人が判断したものが、視聴率や販売本数、来場者数、グッズの売上に反映されています。
だから「世間」から人気という指標が出てきて、客観的に興味のない人からでも人気だということがわかるように映ってきます。

人気が続けば、シリーズ化し終いには「国民的○○」として今も長く愛される物として存在が続いていきます。
これが、世の中の「世間」という構造です。

作品をどう考えればいいの?

では、
あなたがこれから作ろうとしている作品は、「世間」に向けて考えて作ろうとしていますか?
自分の作りたいものを作るだけで、作ることを判断していませんか?
その割に、「世間」の評価を求めようとしていませんか?
だったら、「世間」をある程度知らないといけません。
作品は「世間」と「共感」を得ることで見られる機会が増えます。
「世間」で起こっているニュースや社会問題、家族問題、ニーズを知ることが大事になってきます。「世間」から、「だからか」や「なるほど」を容易に引っ張り出せれば、感動したり、笑ったり、泣いたりすることが作品でできます。
いいよねって思うことについては、
「笑ったから良いよね。」
「泣けたから良いよね。」
「感動したから良いよね。」
となっているので、
「○○だから笑った。」
「○○だから泣けた。」
「○○だから感動した。」
の「○○」を考えなくてはなりません。
「○○」のヒントは「世間」の中にヒントはあります。
「世間」の「○○」は、ニュースや社会問題、家族問題、ニーズの中に存在するはずです。


この「○○」をいい加減にすると....

「○○」を考えつかないと、誰も見てもらえる作品になりません。
単なる格闘アクションアニメみたいなものが、ボワッとやりたいことに設定したとしましょう。
意味を持たせる内容を作者自分の経験を元にしたとします。
空手やってたから格闘技がわかるからそうした的な話です。
すると、
作品としては格闘アクションアニメの意味が今の世間からすると、世間からすればどう映るのか考えてみてもよくありませんか?
世の中がドンドン、ホワイト化していく流れになり、野蛮な表現に少し抵抗のある人が増えてきています。
一部、熱狂的なファンも存在します。
では、
今から作る格闘アクションアニメは、世間で言うとどちらを向いて作るつもりでしょうか?
熱狂的なファン向け?それとも、野蛮なことに抵抗のある人?
熱狂的なファンの場合は、世間の認知度が少ないので、1,000人中50人に向けるイメージでしょうか。
でも、熱狂的なファンは、格闘についての目線は相当、こえた目を持っているはずです。
よって、その熱狂的なファンを納得させる知識量が必要な上で作品を仕上げないといけません。

どうしても作りたい(自分が作りたい作品)

熱狂的なファン向けの格闘アクションアニメの場合は、
そもそも見られるきっかけが無いですよね。
でも作った作品を見られたいとなれば、
ものすごくイケメンキャラを出すのか、
ものすごくカワイイキャラを出すのかで興味を引く方法もあると思います。
敵は、憎たらしいキャラクターがいるでしょう。
勧善懲悪な立ち位置となり、ハッキリした役割がわかる映像作品になるでしょう。

「世間」を理解して考えるか

このように「世間」のどのあたりに向けるかで、単なる格闘アクションアニメの設定が変わってきます。
実はみんなは、やりたい事を決めることはできるが、「世間」に向けたところまで考えが及ばないことがあります。
もちろん自分の作りたい動機と世間が合致していれば、天才の入り口にたったことにもなります。
でも、実際アニメ制作についてもやりたい事をやっているのは、著名な人だけです。
最近で言えば、スラムダンクの映画版については、原作者である井上先生が監督としてたち、
5年ほどの歳月で完成させた作品です。
昔、世の中でスラムダンクのTVアニメが途中で終わりました。インターハイ前まで。
井上先生は、リアルという車いすバスケ作品で、TV版スラムダンクについてアニメ表現に対して文句を作中に書いています。「こんなにコート広くない」的なことです。
バスケットボールという競技をアニメで全ての矛盾を解消し、
原作者が求める作品を多人数を巻き込んで完成させた作品なので、
沢山の人に見られるものになりました。
持論ですが、このように原作者が崇拝されるほどの方で何者かが世間で分かっているひとなので、ここまで本人がリスクを負って制作できる最近の事例だとおもいます。

では、
みなさんはどうでしょうか。
世間からすると「何者」でもありません。
よって、「世間」を踏まえた作品を作るほかありません。
いずれ、「世間」で実績を積んで「おもしろい」「感動した」を言われる作品を作り、その先に好きなやりたいことをやるしかないのです。

「世間」という池に「作品」という石を投げるようなもので、石が落ちた時の波紋がどれぐらい広がったのかを確認するのが作者の役目だと思います。


最後に

アニメ業界を見渡せば見えてくると思います。
大半の作品が原作があります。
小説、ゲーム、漫画などの他の媒体で人気が出たものですよね。
だから、よく見る「アニメ化決定」をよく見かけませんか?
ということは、アニメ原作ってものはそもそも少ないですよね。
ガンダムの話になりますが、当時サンライズが受注下請けで業界でいてると大変だから、
自社IP(Intellectual Property:知的財産)を獲得するために制作を始めました。
富野監督はアニメを始める前に自分で小説を書きあげていましたけど。

ということは、
アニメは、かなり手間が掛かかり、リスクが大きく当たればリターンが大きい事業といえます。会社自体かなり、リスクを負って制作しています。
みんなが目指している世界がどのようになっているか少し分かってもらえれば幸いです。

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